1. はじめに「全員同じマシンに乗せて1周走らせたら誰が一番速いのか…。」F1ファンなら誰でも一度は考えることであると思う。 チームメイト同士では直接的に比較できるが、チームメイトになったことのないドライバーでは、妄想するしかできない。 セナとシューマッハ―、どちらがどのくらい速かったのか? しかし、チームメイト同士の予選対決データの比較を波及させることによって、実際にチームメイトになっていないドライバーでも、 間接的に比較することができる。ここではセナを基準にして様々なチームメイト予選対決のデータを用いて、 80~90年代の名ドライバー達の本当の速さのポテンシャルの比較をしてみようと思う。 ただし実際には、その年毎のマシンとの相性やレギュレーション、サーキットの特性、ドライバーの全盛期等が異なり、 また使用データや基準点を変えると結果が変動するので、 あくまでデータを使った仮説の一つと捉えていただければと思います。 なお、データは改ざん等の不正は行っておりませんが、 すべて手作業での計算のため単純な計算ミスがあるかもしれません。ご了承ください。
2. チームメイト予選対決データによる比較① 実データによるセナとプロスト、ベルガーとの比較まず、セナと実際にチームメイトになったプロスト、ベルガーとの比較をする。 これは紛れもない事実であり、このデータを基準としてこれから様々なデータを間接的に比較していく。 |
チーム |
差 |
||||
88~89年マクラーレン | セナ |
28 |
-0.678 |
4 |
プロスト |
90~92年マクラーレン | セナ |
40 |
-0.606 |
8 |
ベルガー |
表の見方は、「差」は予選1回あたりの2人の平均タイム差になる。 各予選のタイム差を足していき、それを予選の回数で割った数値である。 セナはプロストに対して平均0.678秒、ベルガーには平均0.606秒の差をつけていることになる。 (プロスト、ベルガー、その他のセナの歴代チームメイトとの予選対決の詳細は、 チームメイト予選対決をご覧ください。) 「差」の両端の数字は予選でチームメイトを上回った回数で、今回は参考までに記載した。 |
セナ(-0.678)プロスト
セナ(-0.606)ベルガー
この結果から、ベルガーはプロストよりもセナに近い速さを見せていることになる。
ただしプロストは予選のタイム・順位にそれほど執着せず、決勝レースへのセッティング重視だったこともあり、
本来の速さはセナにもっと肉薄していたとも考えられる。
なお、このページ上の赤字は実際の結果を基にした直接データであり、 青字は計算によって導き出した間接データを1度使用、 緑字は間接データを2度以上使用して出した数値としています。 赤字→青字→緑字に行くにつれて、 データの精度・信頼度が低くなることをご了承ください。
セナ・プロ時代にレースを盛り上げたもう一人の立役者・マンセルは、セナとはチームメイトになっていないが、 89年にベルガーと、90年にはプロストとチームメイトになっている。 |
チーム |
差 |
||||
89年フェラーリ | マンセル |
7 |
-0.130 |
7 |
ベルガー |
90年フェラーリ | マンセル |
8 |
+0.162 |
8 |
プロスト |
上記から、マンセルはベルガーやプロストと平均0.1秒前後のほぼ互角の戦いをしていたことがわかる。
これは、セナを介したベルガーとプロストの比較にも同じことが言え、
予選に関して、マンセル、ベルガー、プロストは同等の速さだったことがわかる。
ここからさらにセナとマンセルを間接的に比較してみる。 ベルガーを基準とすると、①よりベルガーはセナよりも0.606秒遅く、マンセルはベルガーよりも0.130秒速いから、 セナとマンセルの差は、0.606-0.130=0.476秒となる。 プロストを基準にすると、①よりプロストはセナよりも0.678秒遅く、マンセルはプロストよりも0.162秒遅いから、 セナとマンセルの差は、0.678+0.162=0.840秒となる。 これら2つのデータを平均して、 (0.476+0.840)÷2=0.658秒を、セナとマンセルの差とする。 |
セナ(-0.658)マンセル
しかしマンセルは一度調子に乗ると誰にも止められない爆発的速さを持っている。
データにもバラつきが見られ、数字には計り知れない速さがある。
80年代中盤~90年代序盤にかけて活躍した四天王の一人であるピケは、86~87年にマンセルとチームメイトになっている。 |
チーム |
差 |
||||
86~87年ウイリアムズ | マンセル |
18 |
-0.263 |
13 |
ピケ |
予選に関してはマンセルはピケよりもやや速かったことがわかる。 しかしピケが最も速かったのは80年代前半のブラバム時代であり、フジテレビが中継を開始した87年頃には、 速さよりも決勝レースでの安定感を重視していた感がある。その結果87年にはシリーズチャンピオンに輝いている。 セナとピケを比較すると、②よりマンセルはセナよりも0.658秒遅く、ピケはマンセルよりも0.263秒遅いから、 セナとピケの差は、0.658+0.263=0.921秒となる。 |
セナ(-0.921)ピケ
④ マンセルとシューマッハ―の間接比較から、セナとシューマッハ―を間接比較する マンセルは88・91~92年、シューマッハ―は93年にパトレーゼとチームメイトになっている。 ここからマンセルとシューマッハ―を間接比較していく。 ただし、アクティブサスペンション等のハイテクが駆使されてマシンの状態が似ている92年と93年のデータのみを用いる。 |
チーム |
差 |
||||
92年ウイリアムズ | マンセル |
14 |
-0.900 |
2 |
パトレーゼ |
93年ベネトン | シューマッハ― |
16 |
-1.148 |
0 |
パトレーゼ |
パトレーゼと比較すると、マンセルは0.900秒、シューマッハ―は1.148秒速いことがわかる。 ここからパトレーゼを介してマンセルとシューマッハ―を間接的に比較すると、 0.900-1.148=-0.248となり、シューマッハ―はマンセルよりも0.248秒速いことがわかる。 ここで②よりマンセルはセナよりも0.658秒遅く、シューマッハ―はマンセルよりも0.248秒速いから、 セナとシューマッハ―の差は、0.658-0.248=0.410秒となる。 |
マンセル(+0.248)シューマッハ―
セナ(-0.410)シューマッハ―
計算上、セナがシューマッハ―よりも約0.4秒速いという結果が出た。
ただこのデータの問題点は、セナとマンセルの差を間接的に導き、
さらにマンセルとシューマッハ―の差もパトレーゼを介した間接的なデータとして算出したので、
精度・信頼度が若干落ちるということである。 ちなみにパトレーゼはマンセル、シューマッハ―に1秒前後の差をつけられてしまったが、 91年パッシブサスペンションのマシンではマンセルとほぼ互角の戦いを展開している。 |
チーム |
差 |
||||
88年ウイリアムズ | マンセル |
13 |
-0.664 |
1 |
パトレーゼ |
91年ウイリアムズ | マンセル |
6 |
-0.115 |
9 |
パトレーゼ |
92年ウイリアムズ | マンセル |
14 |
-0.900 |
2 |
パトレーゼ |
88・91~92年ウイリアムズ | マンセル |
33 |
-0.565 |
12 |
パトレーゼ |
データから、抜群のシャシー性能と安定感を得た91年以降でも、91年と92年では大きな差が生じていることがわかる。 パトレーゼはアクティブサスペンションを開発した最大の功労者であったが、 一方でアクティブサスペンションは限界点がわかりにくく、また細かい動きを嫌い、実際に乗りこなせていなかったようだ。 よって、93年のハイテク仕様のベネトンでのシューマッハ―と比較するには同じような状況である92年のデータのみを使用したが、 パトレーゼ自身のポテンシャルを図るには88・91年のデータも踏まえてマンセルから0.565秒遅れ、 セナとの間接比較では②よりセナとマンセルの差が0.658秒であるので、0.658+0.565=1.223秒差が妥当と考える。 |
マンセル(-0.565)パトレーゼ
セナ(-1.223)パトレーゼ
⑤ シューマッハ―とハッキネンの間接比較から、セナとハッキネンを間接比較する シューマッハ―の同世代で最大ライバルであったハッキネンは、「フライング・フィン」と呼ばれ、 一発の速さには定評があった。果たしてシューマッハ―とどちらがどのくらい速いのか? さらにセナとの比較では93年にチームメイトになっているが、3戦のみでありデータ数的に不足している。 またポルトガルGPと日本GPでは一緒にセッティング作業をしたこともあり僅差であったが、 別々に作業したオーストラリアGPでは0.7秒以上の差がつくなど、バラつきが見られる。 そこでブランドルとのチームメイト予選対決データを用いてシューマッハ―とハッキネンを間接比較し、 さらにセナとハッキネンを比較してみる。シューマッハ―は92年、 ハッキネンは94年にブランドルとチームメイトになっている。 |
チーム |
差 |
||||
92年ベネトン | シューマッハ― |
16 |
-1.019 |
0 |
ブランドル |
94年マクラーレン | ハッキネン |
15 |
-0.770 |
0 |
ブランドル |
シューマッハ―、ハッキネンともにブランドルに全勝し圧倒。しかしブランドルとの平均タイム差を比較すると、
シューマッハ―は1.019秒速く、ハッキネンは0.770秒速いから、
シューマッハ―とハッキネンの差は1.019-0.770=0.249秒となる。 さらに④よりセナとシューマッハ―の差は0.410秒であるので、セナとハッキネンの差は、 0.410+0.249=0.659秒と計算できる。 しかしこれも間接的データを多く用いての計算のため、精度や信頼度は若干落ちると言わねばならない。 ハッキネンは90年代終盤で見られたように、自身にとって理想的なマシンを得たとき、 とてつもない速さを示してきた。 環境さえ整えばハッキネンはシューマッハ―と同じかそれ以上に速かったのではないかとも思える。 |
シューマッハ―(-0.249)ハッキネン
セナ(-0.659)ハッキネン
3. 80~90年代予選スーパーグリッド「全員同じマシンに乗せて1周走らせたら誰が一番速いのか…。」という永遠の命題のもとで、 予選対決データを用いて直接的・間接的に計算・比較してきた。 これらをまとめたのが、チームや年代が異なるドライバーそれぞれの本来の「速さ」の順を示した、 「80~90年代の予選スーパーグリッド」である。 |
セナからの差 |
備考 |
||
PP |
アイルトン・セナ |
― |
|
2 |
ミハエル・シューマッハ― |
+0.410 |
パトレーゼ、マンセルとの比較を使用 |
3 |
ゲルハルト・ベルガー |
+0.606 |
|
4 |
ナイジェル・マンセル |
+0.658 |
ベルガー、プロストとの比較を平均 |
5 |
ミカ・ハッキネン |
+0.659 |
ブランドル、シューマッハ―との比較を使用 |
6 |
アラン・プロスト |
+0.678 |
|
7 |
ネルソン・ピケ |
+0.921 |
マンセルとの比較を使用 |
8 |
リカルド・パトレーゼ |
+1.223 |
88・91~92年のマンセルとの比較を使用 |
算出されたデータから見ると、セナが飛び抜けて速く、0.4秒差でシューマッハ―が続き、
0.6秒差でベルガー、マンセル、ハッキネン、プロストが混戦状態、
1秒前後の差でピケ、パトレーゼの順になった。
この結果に異論等もあり、状況によっては多少の変動が生じると思うが、概ねの傾向を知ることはできると思う。
4. おわりにこうして80~90年代に活躍した代表的なドライバーをデータを用いて比較してみた。 何度も言うように、使用するデータの種類、データの扱い方、基準を誰にするかによってこの数値はいくらでも変動し、 さらにキャリア、マシン、レギュレーション、サーキット等の状況が異なれば、例えチームメイトとして同じマシンに乗っていたとしても、 厳密にドライバーの速さのポテンシャルを比較することは不可能である。しかし全体的な傾向は見ることができ、セナが他のライバルたちを速さで圧倒していることがわかった。 何かと比較されるセナとシューマッハ―には0.4秒の差がついたが、 実際にチームメイトとして対決していないので、実際はもっと接近していたかもしれないし、 逆にシューマッハ―もプロストと同じように決勝レースへのセッティングに専念して、 予選タイムはさらに差が開いていたかもしれない。 今回は80~90年代にかけてのチャンピオンや優勝・PP経験者の一部について比較してきたが、 さらに様々な予選対決データを波及させていくことにより、 より多くの、より時代の異なるドライバーの真の「速さ」をある程度比べることができるかもしれない。
ここ数年は決勝レースの展開を気にしながら燃料を積んで予選を戦っていたため、誰が一番速いのかわかりにくかった。 しかし2010年から空タンクでの予選が復活するということで、再び「本能の最速バトル」を見せてほしい。 頭脳を使ったレース展開も重要な要素の一つではあるが、 「誰が一番速いのか」「一番速いヤツを決める」…それがレースの本質であり醍醐味だと思うから。 |