あれから25年…四半世紀を迎えて



今日は2019年5月1日。日本の世間的には新しい元号「令和」が始まる日。 しかしセナファンにとっては、セナが亡くなってから25年、四半世紀の節目の日への想いが強いと思う。 ただ、今年は記念グッズや雑誌の特集などが私の予想より少なかった。 「平成」から「令和」への時代の境目で、各社平成のスポーツ総集編に注力したためか。

そんな中で、Racing-on誌はちょうど1986年の創刊から500号を迎えて、 この間のモータースポーツの最大の功労者であるセナと中嶋悟の特集が組まれた。 しかし、一通り読んでみると、全てが全て期待通りの内容ではなかった。

明らかな間違え(92年オーストラリアGPはセナがブレーキテストをしてマンセルが追突?、 92年ブラジルGPはセナが故意にスローダウン?…等々)や、 不適切な表現(94年サンマリノGPはシューマッハーから逃げようとしてウォールに激突…等々)が見受けられた。 また未来予想として、セナがもし生きていてもその後はあまり勝てず、 最終的な記録も後年のシューマッハーやハミルトンなどに抜かれていたと…。

誰がどう思おうと勝手だし、「もし」の話はすべてが仮定ではあるが、 セナ特集をしているのだからもっとセナを賞賛する方向でまとめていただきたかったというのが、 セナファンとしての率直な感想だった。

セナはドライバーとしても人間としても特別だった。セナが残した功績は偉大だし、94年以降も絶対に活躍していたと信じている。 94年の序盤の不調はセナの問題ではなく、ウイリアムズのマシンの問題なのは明らか。 逆にあの不安定なマシンでPP奪取やレースをリードしていたのは、セナだからこそ。 確かに若手の台頭やレース中の給油など、セナにとってはより厳しい状況になっていくかもしれないが、 必ず問題を解決して、さらなる記録と感動をもたらしたのではないかと思う。

そして何より、目標に向かって努力する姿。誰よりも高い志しでレースに取り組んでいたからこそ、 結果的に誰よりも速く、強く、美しかったのではないかと思う。この姿勢はいつの時代、一般社会でも通じるところであり、 だからこそ、今なお多くのファンに共感されているのだと思う。



ここまで一部、Racing-on誌の批判のようになってしまったが、全体的には新発見の内容や、セナの偉大さを再認識できる内容で興味深かった。
最後の総括の文章では、「時代は変わっても変わらない価値がある、セナと中嶋の時代は輝いていた」(要約)と締めている。 偶然にもセナの没後25年、四半世紀を迎える日は日本での新時代到来の日。 Racing-on誌を通じて、セナの時代を超えた普遍性とセナへの想いを再認識した。



2019年5月1日 異国の一人のセナファンより



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