F1ひとりごと2002



2002年日本GP 祝・全戦表彰台、そして初入賞!

今年の日本GPは例年以上に盛り上がった。 一見するといつもどおりのフェラーリの独走レースだったかもしれないが、 歴史に、そして記憶に残る素晴らしいレースだった。

まずはM・シューマッハー。全戦表彰台はホントに素晴らしい! これはシューマッハーの腕とフェラーリのマシン性能の相乗効果だろう。 鈴鹿に関して言えば、S字での走りで同じマシンに乗るバリチェロとの差を築いた。 ドライバーの力ではやっぱりシューマッハー、そう感じさせるレースだった。

来年も、シューマッハー独走のレースもあれば、時にはバリチェロの方が速いこともあるだろう。 でも、それでいい。それがレースだと思う。チームが必要以上のオーダーを出して、順位操作など する必要はないし、すべきではないと思う。

結果的にシューマッハーが大差をつけてチャンピオンになったから、言うわけではない。 もしもオーストリアでの譲り合いがなかったら、チャンピオンがモントーヤになっていた…… 例えそんな状況であっても、それはそれでいいと思う。

速いヤツが前を走り、強いヤツが勝てばいいのだ。チャンピオンはその結果でもあるのだから。 シューマッハー、そしてフェラーリの独走は、彼らの努力の結果なのである。 だから、独走するのは構わない。でも、チームメイト同士でも、できるだけ自由に戦わせてほしい。 最小差優勝をねらって小細工なんてしてほしくない…。

今回はチャンピオンらしい貫禄ある走りを見せてくれた。 来年もこのような堂々とした走りを見せてほしい。 例えポイント差が開いても、全力で堂々と走ったレースは観ていて清々しいと思う。

しかし今年の日本GPの主役は、間違いなく佐藤琢磨だった。 それまではフリー走行初日にトップ10に入ることはあっても、予選が近づくにつれ順位が後退し、 結局いつも15位前後で落ち着いていた。

しかし今回は全く逆。フリー走行1回目を13位でスタートし、 2回目13位、3回目8位。そして公式予選。トラブル・アクシデントさえなければ、 トップ10も夢ではないと思っていたが、まさか3強の後ろ、7番手につけるとは思わなかった。 解説の今宮さん等は「もう一つのPP」と言っていたがまさにそのとおりだと思う。 そして順位以上に、マクニッシュのクラッシュの後も変わらず、130Rで攻め続けた姿勢に、 佐藤琢磨という「レーサー」に感動した。

日本GPでの佐藤琢磨を見ていると、 「人が大きな成功を成し遂げようとする時は、神は幾つかの試練を与える」…そんな気がした。 決勝レースも、順位的・結果的には前方グリッドでスタートしたクルサードとR・シューマッハーがリタイアしたために 繰り上がって5位に入ったわけだが、幾つかのキーポイントで琢磨は試練を乗り越えていった。

まずは1コーナーで、好スタートのルノー勢を「気合」で抑える。あそこで躊躇していたら、 順位後退どころか多重事故になっていたかもしれない。 そして1回目のピットアウト時に2台のルノーに先に行かれる。 前半戦は若干、ルノーの方が速いようにも感じられたので、 先にいかれた時点で「もう追いつかない」と諦めてしまっても無理はなかった。 しかし琢磨は諦めず攻め続け、2度目のピットアウト時には再逆転。その後もホンダ勢が次々とトラブルに見舞われる中、 一人琢磨だけは守りに入らず、ルノーとの差を広げていった。

もしも琢磨が残り数周でトラブル等のためにリタイアしていたとしても、我々は琢磨を称賛するだろう。 5位に入賞したこともそうだが、それ以上に予選・決勝を通じて常に全力疾走していた。 特に130R。決勝ではシューマッハーはかなり余裕を持って走っていた( もちろんフェラーリは無理する必要はないのだが…)のに対し、 琢磨は53周ずっとギリギリまで攻め続けていたと思う。

1987年の第1回鈴鹿F1GPで、黄色いロータス・ホンダに乗ったセナを見てF1への思いを一段と強くした少年は、 15年後の鈴鹿で、同じく黄色いマシンとホンダエンジンを駆ってヒーローになった。

常に全力、限界ギリギリの走りは、セナと少しだぶって見えた。 「第2のセナ」はもしかして佐藤琢磨かもしれない……そう思わせるほど、素晴らしい走り、そしてスピリッツであった。



2002年アメリカGP 記憶に残ること…

フェラーリ勢はまたしても完璧なレースをした。 少なくともゴールの数100m前までは…。

ゴール直前、M・シューマッハーがアウトにラインを変え、インからバリチェロが並び、逆転した。 この時は、フェラーリがオーストリアGPの帳尻合わせとしてチームオーダーを出したと考えた。 しかしインタビュー記事を見ている限り、そうではないらしい。

フェラーリは、バリチェロに優勝を譲れというチームオーダーは出していなかったのだ。 さらにM・シューマッハーは優勝を譲るつもりだったのではなく、 バリチェロとの同時フィニッシュ、もしくは最小差優勝を狙っていたようだ。

シューマッハーは、素晴らしき2002年シーズンの記念として、バリチェロと思い出を作りたかったのかもしれないし、 これまでの彼の努力を考えれば、このくらいのことは許されるのかもしれない。

しかし、F1のみならず、スポーツはそれぞれが力を出し合ってこそ、素晴らしい記録が生まれ、 人々の記憶に刻み込まれる。厘差での優勝で思い出すのは、1986年スペインGP

使いきったタイヤを超人的なマシンコントロールで逃げるセナと、ニュータイヤで猛烈に追い上げるマンセル。 コントロールラインを通過した時、その差は0.014秒。お互い、魂がぶつかり合い、意地とプライドをかけた死闘だった。

フェラーリとは対照的に、ウイリアムズ勢は、チームメイト同士の接触でレースをフイにした。 しかし、R・シューマッハーとモントーヤをあえて称賛したい。 結果的にお互いを傷つけ合ってしまったが、チームメイトとはいえ、いや、チームメイトだからこそ、 絶対に負けない、そんな心意気を見せてくれた。

誰よりも速くサーキットを駆け抜け、誰も自分より前へは行かせない…。 それが「レース」であり、そんな真剣勝負の中から伝説は生まれ、 いつまでも深く人々の記憶に刻まれることになると思うから…。



2002年イタリアGP もう少しだけでもプレッシャーを…

 フェラーリの圧勝とウイリアムズの自滅…。 またしても今シーズンを象徴するようなレースになった。

 フェラーリは終盤、大幅なペースダウンをした。 もしかしたらマシン各部の温度が上がったり、 何らかのトラブルの兆候が見られたのかもしれない。

 ここでもし、ウイリアムズ勢が10秒くらいの差を維持してプレッシャーを与えられていたなら、 フェラーリがあれほどまでにはペースダウンすることもできず、 何らかのトラブルを誘い出していたかもしれない。

 10年前のウイリアムズ・ルノーの快進撃の時もそう。 マクラーレン・ホンダとの総合力の差は絶対的であったが、 後半に入ってマクラーレンが差を詰めてくると、ルノーは最新エンジンを投入。 しかしこの新エンジンを投入してから、エンジンそのもののトラブルに加え、 マシン各部との相性もよくなく様々なトラブルを発生させたのを覚えている。

 当時のウイリアムズとマクラーレンの差は圧倒的であったが、 もし、マクラーレンがもう少しだけでもウイリアムズにより強いプレッシャーをかけられたとしたら、 マンセルの自滅を誘ったり、早い時期で新エンジンを引っ張り出させ、 それによってトラブルが生じたりと、ポイント的には意外と接戦になったかもしれない。

 今年のウイリアムズも、フルディスタンスのレースにおいて フェラーリに追いつくことまでは出来ないまでも、 最後まで一定の間隔を維持して走り切るだけでも、 フェラーリにプレッシャーを与え、情況は変わっていくと思う。 フェラーリの抜群の完走率は、ウイリアムズその他ライバル勢のリタイアが 助けていたとも言える。残り2戦、せめて完走して来年につなげてほしい。

 最後に、フジテレビ地上波の「順位当て100万円クイズ」について。 投票が締め切られる前においてレースが終了していて、 CS放送やインターネット・サイトなどで結果がすでに出ていた。 それらの情報を「駆使」した上での「クイズ」だったのかもしれないが、 純粋に頭をひねり予想することに醍醐味があるのだと思う。

 最近のフジテレビの地上波F1中継は、今までF1をあまり見ていない人をターゲットにし、 誰にでもわかりやすい放送をしてファン層を広げようと心掛けているように感じるが、 ちょっとピントがはずれているようにも思える。 スタジオからの前振りなどよりも、現地からF1の本質を伝えてほしいと個人的には感じている。


2002年ベルギーGP 意地を見せてくれ!

 またしてもフェラーリの圧勝。あまりの大差に、トップを走っているにもかかわらず、 テレビ映像にあまり映し出されなかったほど。 今年のフェラーリのマシンの完成度に加え、ドライバー・サーキットのスパにおいて M・シューマッハーの腕が勝利をさらに完全なものにしたのだと思う。

 フジテレビ地上波の放送では、いつもより時間があまり気味で終盤に突入していたので、 「これは最後に何かあるな」と思っていたら、それは各車のエンジンブローだった。 特に気になったのはホンダ勢。かつては多少のシャシーの劣勢など補って余りあるパワーを 見せ付けていたが、今や完走するのもおぼつかない…。 すべてがすべて、ホンダエンジンの責任ではないにしても、 かつての活躍をリアルタイムで見ていた者にとってはなんとも寂しい。

 2002年はフェラーリの圧勝で終盤戦を迎えている。 残り3戦、ライバル達はこのままフェラーリの独走を許すのか、それとも最後の意地を見せるのか。 個人的には、モントーヤやライコネンの優勝、佐藤琢磨の入賞を期待したい。


2002年ハンガリーGP フェラーリ圧勝とその影…

 レースは終始、フェラーリのバリチェロ、M・シューマッハーのオーダーで進み、 異次元の速さで他チームを圧倒した。

 ただ、シューマッハーは最後までバリチェロを抜こうとしなかった。 確かにバリチェロはPPを奪い、レースでも優勝に値する走りをしたと思う。 しかし、シューマッハーはいつものように貪欲に優勝を狙わなかった。 いや、狙えなかったのかもしれない。

 フェラーリチームはランキングやポイントを都合のいいように操作してしてしまっているように感じる。 まずはシューマッハーにチャンピオンを獲得させ、それからバリチェロのランキング2位を確保する…。 そのような「チームの目標」とそれに向かって努力することは素晴らしいことだが、 結果を重視し過ぎるあまりに、必要以上のチームオーダーが存在するように感じる。 フェラーリに自由にレースをさせてしまっている ウイリアムズやマクラーレンなどのライバルチームにも責任があるが…。

 速いヤツが優勝し、チャンピオンになればいい。 意図的に作られたチャンピオンシップは見たくない。 もっと、力と力の勝負を見せてほしい。 同士討ちしたら意味がないが、「チームメイトに負けない!」、 そのくらいの闘志を見せてほしいし、チームにもある程度は自由に戦える環境を作ってほしい。

 フェラーリの後方では、ライコネンとモントーヤがまた見せてくれた。 モントーヤはコースをはみ出し、パーツを破損した時点で勝負は決まっていたと思うが、 ライコネンの「静かな闘志」というものが十分に伝わってきた。 この2人が「ポスト・シューマッハー時代」を 作っていくだろうことを改めて実感した。


2002年ドイツGP 新ホッケンハイム

 レースは「いつもどおり」ミハエル・シューマッハーの圧勝で終わった。 母国ドイツGPではあまり目立った活躍はできなかったが、 これはシューマッハーの問題ではなく、それまでのフェラーリのマシン特性が合わなかっただけであると思う。 今年は圧倒的なマシンパフォーマンスに加え、 ホッケンハイムの新コースがさらにフェラーリに有利に働いたように思える。

 どこのチームに有利になるかなどは別として、ホッケンハイム=超高速バトル、森の中を突き進む… などのイメージがあるファンにとっては、なんとも寂しさを感じてしまったのではないだろうか? 昔を懐かしむという人間心理を差し引いても、私は昨年までの超高速ホッケンハイムをいとおしく感じる。

 新コースは安全面にも配慮され、近代的なレイアウトで…。 もしかしたらオーバーテイクシーンもより多く見られ、 観客席からの眺めやレース運営上などの点で優れているのかもかもしれない。 しかし、今までのホッケンハイムだからこそ見られるバトルやレースもあったはずである。

 最近のF1は個性が少なくなり、画一的になってきていると思うのは私だけであろうか? ドライバーも、そしてサーキットも…。


2002年フランスGP 王座決定

 M・シューマッハー、ならびにミハエルファンの方々、ワールドチャンピオンおめでとう! オーストリアでのチームオーダー事件もあったが、 年間を通じて最も安定して強かったのがミハエルだということには変わりない。 シューマッハー時代はいつまで続くのか…?

 その一方で、シューマッハーの王座決定を少しでも先延ばしさせようと立ちはだかっていたのが、 モントーヤやライコネンといった2年目の若手であり、少しずつではあるが確実に世代交代が迫っていることが感じられた。 来年以降は彼らが、王座決定を「先延ばし」するのではなく、阻止し、王座を奪取するくらいの活躍を期待したい。

 それにしても、シューマッハーがトラブルなく安定した走りを続ける一方で、 バリチェロは不運としかいいようがない。今年に関して言えば、速さではシューマッハーと同等の力を示しているのに…。 「運も実力のうち」とよく言うが、バリチェロの成績を運だけで片付けては余りにも彼がかわいそうだ。

 10年前のマンセル独走後の消化レースでは、実況の古館伊知郎さんが 「これからはチームオーダーも関係ない、本能のバトルが始まる!」とよく言っていた。 チャンピオンは決まってしまったが、ポイント狙いではなく、1レース1ラップ完全燃焼し、チームオーダーも関係ない、 レーサーとしての「本能のバトル」を見てみたい。


2002年イギリスGP 主役は誰?

 M・シューマッハーが通算60勝、そして5度目のチャンピオンに王手をかけた。 ミスのない非常に安定した王者らしい走り。 しかしこのGPにおける主役はモントーヤだったと思う。

 予選での最終セクターの「異常な」速さ、決勝でのフェラーリに「唯一」挑んでいった闘志。 フェラーリ黄金時代の今、F1を一番盛り上げているのは間違いなくモントーヤだろう。

 マシンの総合力ではライバルに劣っていてなかなか勝てないが、 一周の速さのがものをいい、ドライバーとしての本能・才能がレース以上に重要になる予選では一瞬の光を放つ…。

 モントーヤを見ていて、ロータス時代のかつてのセナを思い出す人も少なくないだろう。 果たしてモントーヤはセナのようになれるのか? GPを重ねていくごとに急速に成長していることだけは事実だ。

 最近のシューマッハーを見ていると、1993年、引退間際のプロストと重なって見える。 非常に安定感があり、「最高のドライバー」であることは確かなのだが…。


2002年ヨーロッパGP どちらにしても自分の首を絞めざるを得なかったフェラーリ

 チームオーダーは出なかった。いや、出せなかったと言った方が正しいかもしれない。 オーストリアGP後のF1関係者やファンからの反響と、 6月26日のFIA評議会のことを考えれば、最も無難な選択をしたと言える。 あそこで再びシューマッハーを先に行かせれば、 フェラーリにはかなり大きなペナルティーが課せられた可能性がある。

 しかし、落とし穴もある。これでオーストリアGPでの行為と、 「選手権を優位に進めているものを優先させる」というフェラーリの「レース哲学」が 間違っていた事を自ら認めたことにはならないか? オーストリアGPと今回のヨーロッパGPの状況が全く同じではないとはいえ、 これでフェラーリは何の弁解もできず、ただFIAの裁定に従わざるを得なくなった。

 最後に、リタイアにはなったものの、モントーヤとクルサードのバトルを敢えて称賛したい。 あれこそ本来のレースの姿のように感じた。 シリーズ全体を考えることもとても大切なことだが、 1戦1戦、1周1周を完全燃焼し、目の前のライバルを倒し、誰よりも速くサーキットを駆け抜ける…。 そういった姿勢と正々堂々とした行動が、記憶に残る「レーサー」になっていく…。 そして常に完全燃焼し、あのようなギリギリの攻防に於いてマシンと自分自身を 完璧にコントロールしていたのがセナだったと感じている。



2002年カナダGP フェラーリの安定感・信頼性

 これ以上離されてはいけない、勝ちにいかなければならないウイリアムズ勢が、 マシントラブルやピットでの混乱でもたつく一方で、 フェラーリは完璧なレース運びをし、チャンピオンシップをより有利にした。

 今のフェラーリを一番評価したいのは、抜群の安定感・信頼性である。 M・シューマッハーの最大の功績は、自らのドライビングももちろんあるが、 それ以上にまずフェラーリに信頼性をつけさせ、チームを1つにまとめたこと。 シューマッハーがフェラーリに入るまでは、度々2台揃ってレース序盤に全滅したり、チーム内で内紛が起きたりと問題が絶えなかった。 レースでは完走しなければ意味がない…。多少アドバンテージが劣っても、信頼性を確保し、その中でマシンを開発していく。 そのような姿勢が結果として、今なお続く連続表彰台記録や抜群の完走率を誇っているのだろう。

 さらにテクニカルディレクターのロス・ブラウンとロリー・バーンの影響が大きい。 私は、彼らはシューマッハーと同じか、それ以上の大きな役割を果たしていると思っている。 彼らがいなければ、フェラーリの完全復活も、シューマッハーをもってしても2~3年ずつ繰り下がっていたかもしれない。

 それにしても、フェラーリ以外、シューマッハー以外のドライバーがいまいち煮えきれないでいる。 モントーヤがシューマッハーに対抗できるまでに成長してきているとはいうものの、 全体的に役者不足の感は否めない。骨太の「レーサー」の登場を待ちたい。


2002年モナコGP 安定して強いが、何か物足りない…

 M・シューマッハーは、前半3位、後半2位を無難に走り切り、貴重な6ポイントをここでも得た。 非常に安定感のある走りで、シーズン全体を見据えて無理なバトルを避け、 前方を走っているマシンにプレッシャーをかけるに留まった。

 ちょっと前の彼ならここで仕掛けただろう、そう思わせる場面が何回かあった。 完走しなければどんなに速くても意味がない…。ミスもほとんどなく、非常におとなで、完成度が高い最近のシューマッハーだが、 同時に、かつて見られたような「ミラクルドライビング」が見られなくなっていると感じるのは私だけであろうか?

 確かに、今のフェラーリは無理をしなくても十分強いし、今回については道幅が極端に狭いモナコだということが背景にあるが、 レーサーとして、前にいるライバルを一台でも多く抜き去り、誰よりも速くサーキットを駆け抜ける…。 そんな「真のレーサー」を見てみたい。チャンピオンとは、ライバル達と戦い抜いた結果でもあるのだから。


2002年オーストリアGP フェラーリ、チームオーダー事件

 オーストリアGPの週末、バリチェロは常にM・シューマッハーをリードしていた。 そして決勝レースの最後の数十メートルというところでバリチェロはNo.1ドライバーに道を譲った。

 合理的にフェラーリチームの目標を達成するためには、ある意味当然のことなのかもしれない。 フェラーリの目標とは、コンストラクターズチャンピオンと「シューマッハーの」ドライバーズチャンピオンであろう。

 しかし、真っ向から戦い、様々な運なども含めてそのレースで最も強かったものが勝者となり、 それが年間単位で最も強いレーサーが、ワールドチャンピオンになるべきである。

 チームの目標を達成するために、チームオーダーを出すこと自体は否定しない。 しかし、できるだけドライバー同士、自由に戦わせるべきである。 帳尻合わせしてつくられた「チャンピオン」には価値がなくなってしまうから。



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