1. はじめにファステスト・ラップ(Fastest Lap 以下FL)とは、レース中の1周における最速タイムのことであり、 優勝、ポール・ポジション(PP・予選1位)とともにF1の主要な記録項目の一つで、 ドライバーにとっては名誉ある勲章である。 中嶋 悟も大雨の1989年オーストラリアGPでFLを記録し、F1の歴史にその名を刻んでいる。
2. セナのファステスト・ラップの少なさセナは志半ば、キャリア途中での不幸な事故により全ての記録を更新することはできなかったが、 ダントツのPP記録など、それなりの数字も残してきた。 しかし、主要記録の中でこのFLの数と歴代順位だけは、他の記録と比べて見劣りがする。 (通算19回、2002年シーズン終了時で歴代10位)これはセナが走ったF1が、1994年の3戦を除いて全てがレース中の給油が認めらていなかったため、 ガソリンの軽くなるレース終盤にFLが出やすいといった傾向があるためだ。 セナはPPから独走し、FLが出やすいレース終盤は自らのマシンを労わりつつ、 ライバルとの差をコントロールしながらやや流し気味に走っていたため、 FLの数が少ないと考えられる。 予選では研ぎ澄まされた集中力とマシン・コントロールでPPを量産し1周の速さに秀でていたセナだったが、 決勝レースでは常に安定したペースで走ることが重要であると語っていた。 またFLを記録すること自体にはそれほど興味がなく、必要以上には重視していなかったようだ。 とはいえ、1993年にセナのチームメイトになったハッキネンは、 セナの決勝でのペースは安定していて、かつ、 ずっと予選アタックのように速かったと証言している。
3. おもしろエピソードセナが記録したユニークなFLとして、1993年ヨーロッパGP のエピソードがある。 このレースは雨中でセナがオープニング・ラップで一気に4台をオーバーテイクして そのまま優勝したという、後世に語り継がれるであろう伝説的なレースとして有名である。時間帯によって、そして場所によって雨が降ったり止んだりの大混乱の中、 セナはタイヤを換えようとしてピットに入ったが、 まだピットではタイヤの準備ができていなくそのままピットロードを通り抜けた。 ドニントン・パークサーキットのピットロードは、本コースの最終コーナーの 内側をショートカットするようなレイアウトになっているため、 結果的にセナが近道してFLを記録してしまったのだ。
4. セナのライバル達と、ファステスト・ラップセナのライバル達を見てみると、まずプロスト(FL41回、歴代2位)は、 「最終的に一番最初にゴールすればいい」といった考え方から、 中盤から終盤にかけてペースアップし、FLを記録することが多い。 彼は丁寧なドライビングから一見ゆっくり走っているように見えるが、 実際にはそのレースの最重要ポイントをつかみ、 ここぞという時にはセナに匹敵するほどの速さを見せる。 このあたりが「プロフェッサー」たる所以だろう。マンセル(FL30回、歴代3位)は勢いにまかせて走れるときはドンドン走るといった印象がある。 F1を見始めた人やあまり良く知らない人などは、 純粋にマンセルの豪快な走りが気持ちよく感じられることがあるという。 勢い余って考えられないような珍プレーも見られたが、 しかし一度調子に乗ると誰も手の付けられない強さと速さを発揮するのも事実である。 シューマッハー(FL51回、歴代1位)の場合、 彼の活躍した主な時代が給油ありのレースであったため、 上記のドライバー達との直接比較はできない。 彼の場合、ピットアウト後にライバルの前でコース復帰するために、 ピットイン前のラップで時間を稼ぐべくペースを上げ、 それがFLにつながり、さらにそのことが見事なまでのピット戦略を可能にしている。
5. おわりにFLといった一つの記録の中にも、それぞれのドライバーの性格やスタイルが見え隠れしている。 みんな同じ勝利に向かって走っているのに、それぞれその過程や方向性が異なる。 これだからF1は面白いのだと思う。最近の現役F1ドライバーはこのような個性が減り、 画一的になっている気がする。アロンソやライコネン、モントーヤなど、 次代のスター達がいち早く自分のスタイルを確立して、F1を盛り上げていってほしいと思う。 |