1985年7月5-7日
フランス ポール・リカール サーキット
シリーズは再びヨーロッパに舞台を戻す。ここ数戦、光る速さを見せつけ、
「次代のチャンピオン候補」としての地位を確立しつつあったセナだったが、
同時にもう一歩のところでの不運なメカニカル・トラブルにも見舞われていた。
ヨーロッパに戻って、マシンの信頼性を向上させていきたいところだ。 金曜予選は強風に悩まされながらも一番時計。 土曜日には金曜の自身のタイムをロズベルグに逆転され、 セナは再逆転を狙ったがエンジンがブローしてしまう。 結局、金曜のタイムにも0.8秒及ばずこのセッションは4番手のタイム。 2日間の予選全体では2位。 レースは無難なスタートを切りロズベルグの後ろ2番手を走る。 しかし7周目にはピケ(ブラバム)にかわされ3位に後退。 さらに10周目には3速ギアが抜けなくなるというトラブルに見舞われピットイン。 コースに戻ったときには20位にまで順位を落としていた。 セナはここから諦めることなく追撃をし、5つポジションを上げた。 しかし27周目、またもエンジンがブロー。 自らのオイルに乗りコース脇のタイヤバリアにリアから突っ込みクラッシュしてしまった。 幸いセナにはケガはなかったが、またも不運なマシントラブルに見舞われてしまった。 常にマシンの力を100%以上引き出し、 チームメイトでナンバーワンドライバーのデ・アンジェリスを凌ぐ走りを見せていたが、 なかなか結果がついてこない。 セナにだけトラブルが多いのは、セナがまだ若さゆえの「荒さ」が残っているからだとも考えられなくもないが、 その一方で、チームの優秀なメカニックがすべて当時のナンバーワンドライバーの デ・アンジェリスについていたためだとも言われている。 マシンの素性・操縦性がとても優れ、誰もかなわない「速さ」を持っているだけに、 セナとしてはもどかしい日々が続いていた。 |
ドライバー |
チーム |
タイム・備考 |
|
PP |
ケケ・ロズベルグ | ウイリアムズ・ホンダ | 1'32"462 |
2位 |
アイルトン・セナ | ロータス・ルノー | 1'32"835 |
3位 |
ミケーレ・アルボレート | フェラーリ | 1'33"267 |
4位 |
アラン・プロスト | マクラーレン・TAGポルシェ | 1'33"335 |
5位 |
ネルソン・ピケ | ブラバム・BMW | 1'33"812 |
6位 |
ニキ・ラウダ | マクラーレン・TAGポルシェ | 1'33"860 |
ドライバー |
チーム |
タイム・備考 |
|
優勝 |
ネルソン・ピケ | ブラバム・BMW | 1゚31'46"266 |
2位 |
ケケ・ロズベルグ | ウイリアムズ・ホンダ | 1゚31'52"926 |
3位 |
アラン・プロスト | マクラーレン・TAGポルシェ | 1゚31'55"551 |
4位 |
ステファン・ヨハンソン | フェラーリ | 1゚32'39"757 |
5位 |
エリオ・デ・アンジェリス | ロータス・ルノー | 1゚32'39"956 |
6位 |
パトリック・タンベイ | ルノー | 1゚33'01"433 |
リタイア |
アイルトン・セナ | ロータス・ルノー | 26周、エンジンブロー、アクシデント |
FL |
ケケ・ロズベルグ | ウイリアムズ・ホンダ | 1'39"914 |