F1はヨーロッパ、特にイギリスやフランス、イタリアといった西ヨーロッパ諸国を中心に発展してきたが、
この年はじめて当時共産圏であった東欧のハンガリーでF1レースが開催されることとなった。 レースが開催されるハンガロリンクは曲がりくねっていて、 さらに新しい路面のため路面のμ(ミュー・摩擦抵抗のこと)が低くてスリップしやすく、 多くのドライバー達がこの新しいコースに苦戦を強いられた。 新コース恒例の木曜日の特別セッションでセナは一番時計を記録するが、そんなセナも、 「これまでのキャリアでスピンした回数より、今回のサーキットでしたスピンの数のほうが多いよ」 と語っている。 予選は金曜3位。土曜日はスピンを繰り返すものの、 しかしスピンを恐れることなく果敢に攻めてPPを獲得した。 滑りやすい路面でタイヤの選択が難しくなっていたが、 多くのチームではレース用のタイヤで走ってから予選用タイヤに換えていたのに対し、 セナは初めから予選用タイヤで攻め、 そして予選用・決勝用をミックスしたセッティングなども貪欲に試していた。 決勝レースではセナが無難なスタートを決めてトップを守った。 2位には予選4位から好スタートを決めてジャンプアップしたマンセル(ウイリアムズ)。 しかし3周目には同僚のピケ(ウイリアムズ)がマンセルをかわし2位に浮上、セナを追いかける。 そんな中、6周目にパトレーゼ(ブラバム)がスピンしコース上に立ち往生してしまった。 セナとピケはその区間の通過にペースダウンを余儀なくされる。 さらにその1周後には止まっていたパトレーゼのマシンを牽引していた レスキューカーとセナが危うくぶつかりそうになった。 接触の危機は脱したものの、この間にピケとの差はさらに縮まった。
そして12周目のホームストレートでピケはセナを抜き去りトップに躍り出た。 中盤のタイヤ交換はピケが36周目に先に動く。 暫定的に1位に戻ったセナは、その間にペースアップしピケとの間隔を約30秒まで広げた後に43周目にピットインし、 ピケの前でコースに復帰することに成功した。 プロストやシューマッハーが得意としそうな作戦だが、 セナもただ速いだけでなく、このような適切な判断力と戦略力も兼ね備えていた。 作戦が成功し1位に返り咲いたセナだったが、 後方からは1周につき1秒以上速いペースでピケが追い上げてきていた。 セナとピケの間隔はあっという間になくなり、 そして56周目のホームストレートでピケはセナのインをついた。 しかしセナもそう簡単には抜かせず、この周はセナがなんとか踏ん張った。 しかしペース的には、特にストレート部分では明らかにピケの方が速い。 そして翌周のホームストレートでピケは再びセナに仕掛ける。 ピケは今度はアウトからセナをかぶせようとした。 セナもギリギリのブレーキングでインのラインを守ろうとするが、 ピケはスライドさせながら必死にマシンをコントロールして、セナの前に出た。 セナは常に限界ギリギリで走っているので、明らかなマシンの差がない限り、 セナをオーバーテイクすることは非常に困難である。 同程度のマシンでセナを抜こうとすることは、 同時に限界を超えるリスクを背負うということになる。 あるジャーナリストは、 セナを本当の意味で抜いたのはこの1986年ハンガリーGPにおけるピケだけだったと語っているし、 私も過去の現存する映像を見る限り、そう思う。 このレースではウイリアムズのマシンにアドバンテージがあったのは確かで、 ピケがセナを抜くのも当然とも考えられるが、 しかしセナをオーバーテイクしたピケのその姿からは、 マシンの力を超えた、根性や執念といったものが感じられた。 ピケとセナは同じブラジル出身。 当時セナはブラジルの新星として期待されていたが、 その一方でピケは才能あふれる若いセナの活躍をあまり快くは思っていなかったようだ。 それだけにピケにはブラジル出身の先輩として、絶対に負けられないといった強い気持ちがあったのだろう。 レースはこのままピケ、セナの順でブラジル人の1-2で終わった。 このような、ドライバー達が力と力を真正面からぶつけているレースを見ていると、 結果的にセナが敗れたにも関わらず、セナファンである私でもファンの垣根を越えて ピケのファイトを賞賛し、F1ファンとして純粋に感動することできる。 最近のレースでは、ピット作戦などの戦略が重要になりすぎるがあまり、 純粋なドライバー同士の戦いが減っているように思える。 私は、抜きつ抜かれつ、力と力、根性と根性…そんなレースの原点をもう一度見てみたい。 |
ドライバー |
チーム |
タイム・備考 |
|
PP |
アイルトン・セナ | ロータス・ルノー | 1'29"450 |
2位 |
ネルソン・ピケ | ウイリアムズ・ホンダ | 1'29"785 |
3位 |
アラン・プロスト | マクラーレン・TAGポルシェ | 1'29"945 |
4位 |
ナイジェル・マンセル | ウイリアムズ・ホンダ | 1'30"072 |
5位 |
ケケ・ロズベルグ | マクラーレン・TAGポルシェ | 1'30"628 |
6位 |
パトリック・タンベイ | ローラ・フォード | 1'31"715 |
ドライバー |
チーム |
タイム・備考 |
|
優勝 |
ネルソン・ピケ | ウイリアムズ・ホンダ | 2゚00'34"508 |
2位 |
アイルトン・セナ | ロータス・ルノー | 2゚00'52"181 |
3位 |
ナイジェル・マンセル | ウイリアムズ・ホンダ | 1Lap |
4位 |
ステファン・ヨハンソン | フェラーリ | 1Lap |
5位 |
ジョニー・ダンフリーズ | ロータス・ルノー | 2Laps |
6位 |
マーティン・ブランドル | ティレル・フォード | 2Laps |
FL |
ネルソン・ピケ | ウイリアムズ・ホンダ | 1'31"001 |