イタリアGPの週末、来期のマクラーレンのチーム体制が発表された。
セナはチャンピオンになるべく、当時すでにF1界での地位を確立している
プロストのチームメイトとしてマクラーレンに加わった。
さらにホンダもウイリアムズからマクラーレンへのエンジン供給を決定した。
予選は4位。同じホンダエンジンを搭載しているものの、
ウイリアムズ勢にはとどかず。ここがこの年のロータスの限界か。 決勝レースはスタートで失敗し、6位から追い上げる。 レース中盤になると、各車タイヤ交換のためにピットインしていく中、 セナだけはなかなかピットに入ろうとはしない。 セナは、各車と同じようにピットインしていては勝てないと思い、 タイヤ無交換作戦を考えていた。 安全にポイントを稼ぐよりリスクを負ってまでも優勝にかける…。 セナにとっては優勝以外は2位も、3位のポイントも無意味だった。 特に有効ポイント制が実施されていた1990年頃までは、 ポイントよりも優勝ねらいのレース展開がよく見られた。 誰よりも速く走る…そんなセナの攻撃的な姿勢が結果的に裏目にでることも時にはあったが、 同時に多くのファンを魅了し、記憶に残るレーサーになっていった。 セナ以外の各車がピットインを済ませた時点で、セナはピケに14秒の差をつけて首位に立っていた。 しかしピケもフレッシュタイヤでセナを追撃する。そして43周目、 周回遅れのリジェのギンザーニをパスしようとしたときレコードラインをはずし、 オーバースピードで最終コーナー・パラボリカを直進。そのままランオフエリアをうまく通って、 コースに復帰したが、そのときにはすでにピケがセナの前を走り抜けていた。 逆に今度はセナが磨り減ったタイヤにもかかわらずファステストラップを記録しながらピケを追走する。結局、1.8秒及ばず2位に終わったが、 終盤はセナらしい「攻める走り」が見られた。 |
ドライバー |
チーム |
タイム・備考 |
|
PP |
ネルソン・ピケ | ウイリアムズ・ホンダ | 1'23"460 |
2位 |
ナイジェル・マンセル | ウイリアムズ・ホンダ | 1'23"559 |
3位 |
ゲルガルト・ベルガー | フェラーリ | 1'23"933 |
4位 |
アイルトン・セナ | ロータス・ホンダ | 1'24"907 |
5位 |
アラン・プロスト | マクラーレン・TAGポルシェ | 1'24"946 |
6位 |
テイリー・ブーツェン | ベネトン・フォード | 1'25"004 |
ドライバー |
チーム |
タイム・備考 |
|
優勝 |
ネルソン・ピケ | ウイリアムズ・ホンダ | 1゚14'47"707 |
2位 |
アイルトン・セナ | ロータス・ホンダ | 1゚14'49"513 |
3位 |
ナイジェル・マンセル | ウイリアムズ・ホンダ | 1゚15'36"743 |
4位 |
ゲルハルト・ベルガー | フェラーリ | 1゚15'45"686 |
5位 |
テイリー・ブーツェン | ベネトン・フォード | 1゚16'09"026 |
6位 |
ステファン・ヨハンソン | マクラーレン・TAGポルシェ | 1゚16'16"494 |
FL |
アイルトン・セナ | ロータス・ホンダ | 1'26"796 |