1990年　ハンガリーＧＰ

金曜日はアタック中にフォテイク（モンテヴェルディ）に引っかかるなどの不運もあり８位。 土曜日にもメカニカルトラブルやタイヤのグリップ不足などに見舞われ、思うようにスーパーラップが刻めない。 土曜日だけでは３番手のタイムであったが、２日間を通すとトップから0.2秒の僅差ながらも４位。 上位陣は接戦が予想された。ＰＰはブーツェン（ウイリアムズ）。彼自身にとってＦ１で生涯唯一のＰＰを決めた。

決勝レースでは、珍しくスタートに失敗しセナはさらに６位に順位を落としてしまう。 しかし先頭集団がひと固まりになっていたので、あえて無理に抜いていくのではなく、 少し様子を見ることにした。

ところがただでさえ不本意なポジションにありながら、さらにセナにトラブルが襲いかかる。 21周目にアレジ（ティレル）を捕らえ順位を上げるが、 翌周にはエンジンのオーバーヒートとタイヤのパンクチャーが見られピットイン。 11位まで後退してしまった。 この時点でセナのハンガリーＧＰは終わったかに思われた。

しかしここからセナの怒涛の追い上げが始まる。 さらにチャンピオンシップのライバルであるプロスト（フェラーリ）のスピンが、 その勢いを一段と加速させた。 そしてナニーニ（ベネトン）を追いかけつつ、 ベルガー（マクラーレン）やパトレーゼ（ウイリアムズ）などのピットインの間に、 気が付けば３位に浮上していた。

目の前には２位のナニーニ。セナのペースの方が速かったが、低速で抜きどころが少ないこのコースでは、 オーバーテイクは難しいと思えた。しかし64周目の90度で右に曲がるコーナーで思い切ってインに飛び込む。 ナニーニのベネトンはセナのマクラーレンによって押し出され、一瞬、宙に舞う形になった。

セナ：「ナニーニは僕を見ていなかったし、ドアを閉めすぎだよ」
ナニーニ：「僕はレーシングラインをとっただけ。そこに、何の前触れもなくセナが現れたんだ」

確かにこの時のセナの飛び込みは少々強引だったような気もするが、 セナはセナ自身のレース哲学と良心に従って行なった行為だと思う。 後にセナは３度のチャンピオン、ジャッキー・スチュワートに対して、
「…レースをするんだ。相手の隙をついて仕掛けなくてはレーサーの資格はない。 僕らは勝つためにレースをしてるんだ。…」と語っている。

とにもかくにも２位に上がったセナは、次はブーツェンを追いかけ、そしてすぐに背後につける。 しかしＰＰからスタートし、ずっとトップを守りつづけているブーツェンはセナに隙を与えない。 ベルギー出身のブーツェンは、その身体の大きさ（モノコックの小ささ）にずっと悩まされていたが、 誰もが認める「テクニシャン」で、90年以前は最強のマクラーレン・ホンダに続き、しばし表彰台に上がっていた。

しかしこの日、表彰台の真ん中に立ち、主役を演じるのはブーツェンだった。 セナも最後まで追い詰めるものの、 結局0.288秒差でブーツェンがセナを抑え切った。 ブーツェンにとっては３回目の、そしてＦ１で最後の優勝を飾った。 セナとブーツェンはプライベートでも交流がある程の仲である。 セナはブーツェンの優勝を素直に心から称えた。

一時は11位まで後退したものの、セナはレース全体を見通し最後まで諦めず走り切り、貴重な２位６ポイントを獲得した。 優勝は無理でも確実にポイントを獲得していく…そんなプロスト的なうまさをも身につけ、 ２度目のチャンピオンに向けて疾走していくのだった。