1992年2月28日-3月1日
南アフリカ キャラミサーキット
南アフリカ・キャラミサーキットは85年以来の開催で、60~70年代からのファンには
「開幕戦=南アフリカ」という印象があるようだ。
しかしかつての高速コースはその姿を変え、中速テクニカルコースに生まれ変わった。 1990、91年と2年連続ワールドチャンピオンに輝いたセナはこの年、 3年連続4回目の王座が期待されていた。 しかし冬の間に進化したウイリアムズ・ルノーが異次元の速さでシーズンを圧巻することになる。 前年中盤以降、ウイリアムズはシャシーの空力性能や、ルノーエンジン、エルフガソリンの絶妙なマッチングで マクラーレンを苦しめてきた。しかし前年はまだ、コース特性やホンダエンジン、そしてセナの腕で対抗することができ、 さらに終盤の2戦では完全にウイリアムズを凌駕した。 1992年はマクラーレン、ウイリアムズ共に前年の改良型のマシンで開幕を向かえる。 しかしそのマシンの中身は全く異なるものだった。 マクラーレンはマシン各部のマイナーチェンジを施した(外見は前年モデルとほとんど変わっていない)MP4/6B。 ウイリアムズは、もともと優れていた空力性能をさらに効果的にするアクティブ・サスペンション*などによって、改良の域を越えて ますます総合力を高めたFW14B。 オンボードカメラで比較すると、コーナーでブレまくっているマクラーレンと、 「みずすまし」のように滑らかにコーナーをクリアしていくウイリアムズの差は歴然だった。 予選からウイリアムズの速さが際立つ。セナは金曜、マンセル(ウイリアムズ)に1.2秒差の3位。 土曜にその差を縮めてきたものの、それでも0.8秒近い差の2位。 決勝がスタートすると、4位スタートのパトレーゼ(ウイリアムズ)がロケットスタート。 3位ベルガーと2位セナの間をスルスルとすり抜けるようにして、マンセルに続いて2位。 早くもウイリアムズの1‐2体制が築かれた。 マンセルは異次元の速さで逃げ、2位パトレーゼは3位セナを押さえ込むようにレースは進んでいく。 例えセナの前にパトレーゼの「壁」がなかったとしても、マンセルについていくことすらできなかっただろう。 それほど、この年のウイリアムズ「FW14B」はすごかった。 セナはパトレーゼの「壁」を崩すどころか、パトレーゼにもジリジリとその差を広げられていく。 終盤になってセナは再びパトレーゼを追撃するが、オーバーテイクするまでには至らない。 結局、マンセルが金曜日から全セッション1位、PP、FL、そして全周回1位という完勝。 マクラーレンは92年型のニューマシン「MP4/7A」の開発を急がせた。 しかし、開幕1戦が消化しただけで、シーズンの行方が見えるほど、 ウイリアムズとマンセルの速さは尋常ではなかった。 ウイリアムズのマシンを見て、セナ曰く「この世のものではないようだ」…
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ドライバー |
チーム |
タイム・備考 |
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PP |
ナイジェル・マンセル | ウイリアムズ・ルノー | 1'15"486 |
2位 |
アイルトン・セナ | マクラーレン・ホンダ | 1'16"227 |
3位 |
ゲルハルト・ベルガー | マクラーレン・ホンダ | 1'16"877 |
4位 |
リカルド・パトレーゼ | ウイリアムズ・ルノー | 1'16"989 |
5位 |
ジャン・アレジ | フェラーリ | 1'17"208 |
6位 |
ミハエル・シューマッハー | ベネトン・フォード | 1'17"635 |
ドライバー |
チーム |
タイム・備考 |
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優勝 |
ナイジェル・マンセル | ウイリアムズ・ルノー | 1゚36'45"320 |
2位 |
リカルド・パトレーゼ | ウイリアムズ・ルノー | 1゚37'09"680 |
3位 |
アイルトン・セナ | マクラーレン・ホンダ | 1゚37'19"995 |
4位 |
ミハエル・シューマッハー | ベネトン・フォード | 1゚37'33"183 |
5位 |
ゲルハルト・ベルガー | マクラーレン・ホンダ | 1゚37'58"954 |
6位 |
ジョニー・ハーバート | ロータス・フォード | 1Lap |
FL |
ナイジェル・マンセル | ウイリアムズ・ルノー | 1'17"578 |