1993年 ブラジルGP


1993年3月26-28日
ブラジル アウトドローモ・ホセ・カルロス・パーチェ(インテルラゴス)

予選:3位 決勝:優勝(37回目)


開幕戦で久々にプロストとの好バトルを見せたセナだったが、 未だマクラーレンと年間契約はせず、地元ブラジルでも1戦ごとのスポット契約としてマシンに乗り込む。

一方ライバルのプロスト(ウイリアムズ)は、FISAの行政を批判したとして出場停止の可能性もあり、 「プロストが出場停止になった場合、ブラジルではセナがウイリアムズに乗るのでは?」といった噂も流れたが、 プロストは世界評議会で謝罪し、無罪放免になった。

こうして様々な話題が飛び交ったが、結局開幕戦と同じような状況でブラジルGPが始まっていった。 しかし起伏が激しいインテルラゴスのコースは、ルノーエンジンとのパワー差がより歴然になった。

予選では金曜・土曜ともにウイリアムズの2台に続いて3位。 セナは様々なセッティングを試し、最後はレスダウンフォースでコースを攻めるが、 プロストに一時的に1秒差に近づくのが精一杯で、最終的には1.8秒もの大差をつけられた。

セナは予選後、現状を正確に分析する。
「現状では、レースでの3位キープは難しいと思うよ。 でもウイリアムズの2人だってトラブルを起こす可能性はあるんだ。 ベストを尽くして、正確な状況判断をすることが大切だね」

決勝レースでは、セナが好スタートを切ってヒル(ウイリアムズ)をかわし2位へ浮上する。 後方ではチームメイトのアンドレッティと昨年までのチームメイトであったベルガー(フェラーリ)が派手な接触。 幸い二人にケガはなく、レースもそのまま進んでいった。

2位に上がり、プロストに食い下がろうとしていたセナだったが、次第にジリジリと差をつけられていった。 さらに後方からはヒルとシューマッハー(ベネトン)が迫り、2位集団を形成しようとしていた。 そして11周目のホームストレートでエンジンパワーを利してヒルがセナに並びかける。 マシンの力に歴然な差があり、さらにレースも序盤ということでセナは必要以上に抵抗しなかった。 ヒルが2位に上がりこの年初めてのウイリアムズ1-2体制。

ヒルの次はシューマッハーがセナに襲いかかる。 ベネトンはニューマチックバルブのついた最新型のフォード・シリーズⅦエンジンを搭載し、 シューマッハーの方がペースは速かったが、 セナも見事なライン取りとマシンコントロールでシューマッハーに付け入る隙を与えない。 二人は一定の間隔で周回を重ねていく。

しばしこう着状態が続いた後、意外な形でこの3位争いは次なる展開を迎える。 セナに黄旗区間追い越し禁止のペナルティが出されたのだ。 セナは周回遅れのコマス(ラルース)に道を譲られ前に出たが、その区間がたまたま黄旗区間だったのだ。 セナはその裁定に憤りを感じながらも、指示に従いピットロードへと向かう。

10秒ストップのペナルティを終えコースに戻ると、トップのプロストはもちろん、 3位シューマッハーにも大差をつけられていた。 地元ブラジルでも誰もがこの日のセナの優勝はないと思ったことだろう。 しかしこの頃からコース上に雨が落ち始め、次第に雨は本格的になっていく。

もう失うものがないセナは真っ先にピットインし、レインタイヤに交換してコースに復帰していく。 そしてセナがレインタイヤに換えるのを天が待っていたかのように、雨はさらに激しさを増し、 「スコール」と化していた。 雨の強さと比例してコース上は混乱していく。 ホームストレートに鈴木亜久里(フットワーク)のマシンが止まり、F1史上初のセーフティカーが導入された。 片山右京(ティレル)もストレートに止まる。

トップを行くウイリアムズは交信の行き違いから2位のヒルからピットに入れ、 プロストは完全に濡れた路面をスリックタイヤで走っていた。 このことでプロストのペースは極端に落ち、さらにとんでもない事態を招くことになる。

1コーナーでフィッティパルディ(ミナルディ)のマシンがストップし、 ちょうど後方から来ていたプロストがよけきれず接触。 フロントノーズを飛ばしながらグラベルにはまっていった。 プロストはこの場でマシンを降りた。

レースはセーフティカーが先導し、セナは素早いレインタイヤ交換が功を奏し、 混乱の中いつの間にかヒルの数秒差の2位に上がっていた。 30周目にセーフティカーがコースに入り、 雨が止み路面の水たまりがある程度なくなった37周目にレースが再開された。

レースが再開されると、ヒルとセナとはわずか1秒前後の差になっていた。 そしてセナは、もう雨が降らず路面はすぐに乾いていくと判断し、ここでも早め早めに行動する。 39周目の終わりに上位陣では真っ先にピットインし、再びスリックタイヤに交換した。

その頃ヒルはF1で初の1位走行をしていた。 そしてヒルはセナの1周後にピットイン。 無難にスリックタイヤに交換し、セナの数秒前でコースに戻ることができた。

トップを死守したかに見えたヒルだったが、タイヤがまだ暖まっていない。 セナはそこを見逃さなかった。 低速コーナーのピコ・ド・パコの手前で一気に抜きさって、トップに躍り出た。

コースが乾くにつれてヒルもペースを取り戻し、数秒の差をおいてしばしセナとマッチレースを展開。 マシンの力を考えれば序盤にセナをパスしたように、すぐに捕らえられる可能性もあるが、 逆にセナはジリジリとヒルとの差を広げていく。 セナは勝負どころを見極め、見えない駆け引きで前方からプレッシャーを与えていたのかもしれない。 純粋な速さに加え、老練さもすでに名人級に達していたような気がする。

終盤の20周はセナは誰も寄せ付けることなく、無難に走り切り91年以来2度目の地元ブラジル制覇を成し遂げた。 マクラーレンチームにとっては記念すべき通算100勝目。 後になって思うと、予選後のインタビュー通りの展開になった。 特に「ベストを尽くして、正確な状況判断をすることが大切だね」という言葉には重みがあり、 今も私の座右の銘のようになっている。

ウイニングランの途中、セナはコースになだれ込んだファンに囲まれ、動けなくなる。 そしてマシンを降りてファンとともに2度3度ガッツポーズ! その光景は、セナとファンが一つになったようだった。 貧困に苦しむブラジルにとって、セナがいかに大きな存在であるかということを感じた瞬間だった。 セナはその後セーフティカーの助手席で箱乗りし、手を振りながら凱旋する。

速さだけでなくに、的確な判断や老練な駆け引きなど、セナのドライブングはすでに芸術に達していた。 そしてその根底には、最後まで諦めず常にベスト尽すと言うスピリッツがあった。 私たちはセナの類まれなレーサーとしての才能とともに、そういった崇高な生き方に共感し、 感動したのではないかと思う。

しかしこのような劇的なレースのわずか2週間後には、 さらに素晴らしいF1史上に名を残す偉大なレースを展開することになる。



ちなみにコントロールライン通過後、セナはファンによって黄色と緑色の旗を受け取るが、 その旗がブラジル国旗ではなく、セナの最大のパーソナルスポンサーである「バンコ・ナシオナル」のライバル、 「バンコ・ド・ブラジル」の旗だった。

このことに気付いたセナはすぐに「バンコ・ド・ブラジル」の旗を捨て、新たにファンからブラジル国旗を手渡されたが、 それがテレビに映ってしまい、口うるさいジャーナリストにとって格好のネタになってしまう。 このレースで唯一の失敗か?



予選結果

 
ドライバー
チーム
タイム・備考
PP
 アラン・プロスト  ウイリアムズ・ルノー  1'15"866
2位
 デイモン・ヒル  ウイリアムズ・ルノー  1'16"859
3位
 アイルトン・セナ  マクラーレン・フォード  1'17"697
4位
 ミハエル・シューマッハー  ベネトン・フォード  1'17"821
5位
 マイケル・アンドレッティ  マクラーレン・フォード  1'18"635
6位
 リカルド・パトレーゼ  ベネトン・フォード  1'19"049


決勝結果

 
ドライバー
チーム
タイム・備考
優勝
 アイルトン・セナ  マクラーレン・フォード  1゚51'15"485
2位
 デイモン・ヒル  ウイリアムズ・ルノー  1゚51'32"110
3位
 ミハエル・シューマッハー  ベネトン・フォード  1゚52'00"921
4位
 ジョニー・ハーバート  ロータス・フォード  1゚52'02"042
5位
 マーク・ブランデル  リジェ・ルノー  1゚52'07"612
6位
 アレッサンドロ・ザナルディ  ロータス・フォード  1Lap
 
     
FL
 ミハエル・シューマッハー  ベネトン・フォード  1'20"024




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